こんな気持ちでいられたら

ロートル病理医。地味な医者ですが、縁の下の力持ちでいられることに誇りを持っています。

そこそこの晴れと日本に対する憂い

そこそこの晴れ

今日も空はそこそこの晴れ。なんだか、それが今の日本の空気感と重なるような気がする。

「米がない、米が高い」との声をよく耳にするが、これって日本がどんどん貧しくなっている証なのではないか――そんなことをふと思う。

30年前の米価がどれほどだったかは定かではないが、物価が上がれば米の値段だって上がるのは当然だ。それが急激だったから、我々は「高い」と騒いでいるに過ぎないのかもしれない。

生産にかかる諸経費も上がっている今、農家だって値上げしなければやっていけないのは当たり前の話。ここを抑え込もうとするのは、「給与水準が上がらないのに、生活費だけが上がっている」と嘆く構図とよく似ている。

最近、外国人が日本の土地を買い漁っているという話をよく聞く。けれど、日本人だってバブル期には海外の不動産をずいぶんと買っていたはずだ。それを考えれば、彼らを一方的に批判するのは筋が違う。

思えば、あの時に資産をきちんと残していれば、今ごろはもっと豊かでいられたのかもしれない。けれど、あれはやっぱり“バブル”であって、泡のように何も残らなかった。

そして、今年もまたジェンダーギャップ指数が下位を記録した。

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こうした現状に、慣れてしまってはいけない。

とくに政治分野の遅れは深刻だ。自民党公明党といった与党を見渡すと、目立つのは年配の男性議員ばかり。しかも彼らは何十年と居座り続ける。そんな閉ざされた世界に、優秀な女性が希望を持てるはずもない。

だからこそ、「変えよう」と思う女性が、その世界に飛び込もうとしない。これはとても大きな損失だ。

少子化対策の議論が尽きないが、このジェンダーギャップの壁を破らない限り、本質的な改善はないのではないかと感じる。

一見、関係のないように思えるかもしれない。けれど、旧態依然とした社会制度や価値観が、この少子化という現実を招いたのだとすれば、それを変えるには、やはり何かを大きく変えなければならない。

「当たり前」に慣れずに、疑い、考え、動くこと。それが、少しでも前に進むための鍵になるのではないかと思う。