
4月になって、私の病院ではたくさんの医師の入れ替えがあった。
常勤から研修医までいて、医局会では新人の挨拶というのもあった。
医局会はオンライン併用で、いつもは自分の机から参加しているのだが、年度はじめだけは会場に行って、新入医局員の顔を拝見している。
臨床検査技師も検査科に多く入職した。
組織体制が変わり、今年度の採用はいつもより多かった。
おそらく、看護部、事務、いろいろなところで新旧の入れ替わりがあっただろう。
そろそろ1ヶ月、皆さんなれただろうか。
新採用の話は別として、産休・育休、病気休暇の人が出た場合のやりくりというのに、頭を悩ませることが少なくない。
完全に今の倍とまではいかなくても、最初から少し多めに人がいたら、休む人のカバーができるのにと思う。
どんな組織も、事業を始める時は少し余裕があるだろうと思うが、仕事が評価されてやがて軌道に乗ると、仕事が増えて、人手が足りなくなる。
もちろん、人口減の日本では、絶対的な人手不足が言われているが、その原因の一つとして、産休・育休への対応を後回しにしてきたことがある。
子供を持つということは負担になるというのが、スタンダードになりつつあるが、それでも子供を持ちたいという人は一定数いる。
そんな、今や火中の栗を拾うような状況に見えても、それでも子どもを持ちたいと思う人ですら、子供を持つことがなかなかできないのが産休・育休への対応不足ではないだろうか。
もし、キャパいっぱいの仕事が来てしまうので、そのためにその倍の人間を用意する、ということが無理というのなら、キャパいっぱいまで欲張らないという姿勢も必要なのではないだろうか。
検査部門からいったら、臨床からの依頼の全てに応えていたらいずれパンクするのは目に見えている。
何といっても、医者はわがままで、医療費は天から降ってくると思っている。
だから、検査がどんどん増えて、患者さんは検査漬けになる。
その検査内容がどうというつもりはないが、必要最低限の検査にしておいてくれないと、検査科はキャパいっぱいとなってしまう。
そして、産休・育休、病気休暇などをとる人が出ると、途端に回らなくなる。
いや、どこかから人を回せば何とかなるのだが、今度は人を出したところが困る。
こうならないように、組織というのは伸縮自在でないといけない。
どうしてそういう組織は作れなかったのか。
その理由の一つは、長年続いてきた男性目線の考え方だろう。
子供を持ちたい育てたい、という女性の気持ちをすこしでもわかってあげていたら、もう少しお互いが助け合う幸せな社会になっていたのに、と思う。
奴隷のように働くことが美徳とする考え方からの脱却ができなければ、この国の将来は暗い。
少し余白のある伸縮可能な組織こそ、人も子どもも育てられる社会の土台なのではないだろうか。