
米価高騰への対策として、政府は備蓄米の放出を決定した。
農林水産大臣が小泉氏に代わって以降、「古米」や「古古米」といった表現が当たり前のように使われるようになったが、それ以前は一貫して「備蓄米」と呼ばれていた。
この表現の変化の裏には一体何があるのだろう。
「古米」という言葉からネガティブな印象を持つ人が多いため、それを避ける意味で「備蓄米」と呼んでいたのかもしれない。
しかし、新米と古米で価格に差があるのは自然なことで、むしろ消費者にとっては「古米」という呼び名のほうが分かりやすいという考え方もある。
収穫年を示す「◯年度産」という表現も使われているが、これも情報としては十分機能する。
報道では「味が落ちる」などといった論調が目立つ。だが、いつから日本人は米の味にここまで贅沢になったのだろうか。
米の流通の歴史には詳しくないが、ブランドによる差異は昔から存在していたはずだ。
だから、「安く」「必要なだけ」手に入る米にまで文句をつけるべきではない。
飲食店などで「古米は使えない」というなら、無理に使わせる必要はない。
それならそれで、そういった米を必要とする場所に回せばいい。
世界には、食糧難に苦しむ人々が今も数多く存在しているのだから。
「古米?あんなの食えたもんじゃない」
——こんな言葉を軽々しく口にしてはならない。
そもそも、米粒に名前がついているわけでもないし、見た目で新米と古米を判別することなんてできない。
農業、特に米作りは第一次産業であり、国家の安全保障にも深く関わる。
戦時や災害時、最も重要となるのは食糧の確保だ。
国土の狭い日本において、米の自給体制をいかに維持するかが重要な課題だ。
そのためにも、米離れを防ぎ、農家には安定した収入を保証する必要がある。
農業政策はすなわち、防衛の一環であって、予算の一部を防衛費から回すという考えもあっていいはずだ。
「生産者の米離れ」と「消費者の米離れ」。
この両方を食い止める施策を、国は本気で講じるべきだ。