
朝刊に、”イクメン”についての議論があった。
印象に残ったのは、育児に参加する男性はいても、ケアまでする男性は少ないということ。
送り迎えや遊び相手といったことで子供と一緒に行動する男親すなわち父親は増えたが、体調や気分といったことまで子どもに寄り添っているのは、依然として女性がすなわち母親が多いという意見。
このことから、”ケア”をしているのは圧倒的に女性が多く、結果として女性の社会復帰を妨げていることがあきらかだ。
そういう”ケア”的なことを行うのにも適性があるからではないだろうか。
忍耐強く、共感力があり、自己犠牲を厭わないという素養を持った人こそ、人の面倒を見るという適性があるということになる。
こういうことをジェンダー論争に発展させるのは簡単だ。
女性にはそういった適性のある人が多いから、親業は向いているとか、男性はそういったことと引き換えに外の世界でさまざまなストレスにさらされている、というステレオタイプ的な表現で片付けてしまうと、本質的な問題が見えなくなってしまう。
ただ、動物の世界では、母親が自己犠牲的に子育てを行っていることが多いのも事実ではある。
女性の社会進出について、日本のジェンダーギャップ指数は相変わらず最下位層にある。
特に政治の分野で低いのは”お殿様”を崇める伝統があるからだろうか。
それにしても、中国、韓国よりも低いというのにはがっかりする。
この、女性の社会進出をさまたげるものに、育児があってはならない。
この状態が続けば少子化はますます進んでしまう。
でも、裏を返せば”育児よりもキャリアの実現”というのは、女性にとっても同様のことであって、キャリアの実現は男性だけが求めていいものではないとも言える。
おそらく、これらの問題を考えるに際して、大きな見えない壁というのが存在していているに違いない。
その壁を壊すのは、誰か一人にできることではない。
私たち一人ひとりの熟考と選択、そして行動にかかっている。