こんな気持ちでいられたら

ロートル病理医。地味な医者ですが、縁の下の力持ちでいられることに誇りを持っています。

いつの間にか自分が少数派になっていた

夜中の間に雨が

2030年には65歳以上の高齢者が29.4%と全人口の三分の一近くに迫る。

数字の上では結構なボリュームゾーンではあるけれど、実際に出歩いている人となると、そう多くはない。

朝晩の電車などは、勤め人や学生など自分よりも年下の人がほとんどで、高齢者は少数派だ。
中学生の頃から通学に電車を使っていたから、かれこれ50年近くになる。
いつのまにか自分が少数派になっていたことに、最近ようやく気がついた。

自分こそがボリュームゾーンにいると思っていたが、それはもはや遠い昔のことだ。

 

こうなると、電車内での立ち居振る舞いも少し注意しなくてはならない。
というのも、若い人たちの動きが読めないのだ。

昔はヘッドフォンで音楽を聴くくらいだったが、今やスマホで、全員がそれぞれ全く違うことをしている。
そのマナーもまちまちで、私の尺度から見れば「普通」の人もいる一方、まったく違うマナー感覚の人もいる。

倫理観の変容も著しい。
とくにオレオレ詐欺のあたりから、「年寄りの金を取っても悪くない」という空気が生まれ、さらには “あるところから取って何が悪い” という感覚すら広がってきたように思う。

 

親子ほど、いや、それ以上に歳の離れた人たちの考えなど、自分の親子関係を振り返っても到底理解できるものではない。
ましてや、それが血のつながりのない他人同士であったら尚更だ。

だから、電車で隣の若者がゲームに夢中で肘を押し付けてきても、こちらは縮こまっているしかない。
まあ、私のほうもスマホを覗き込んで語学アプリに熱中しているのだから、その点についてはおあいこかもしれない。

 

現役生活はもう少し残っている。
できれば平穏無事に過ぎ去ってくれればいい、そんな守りの気持ちが強くなってきたのは、年の功というより、年のせい、ということか。