こんな気持ちでいられたら

ロートル病理医。地味な医者ですが、縁の下の力持ちでいられることに誇りを持っています。

達観と諦観と人生観

昨夜来の雲がまだ残っていた

また、月曜日。

でもこれは新しい一週間の始まり。

先週となにがちがうのか、先月となにが違うのか、昨年となにが違うのか。

よくよく考えてみるとあまり変わり映えしないのでは無いか。

 

登場人物は目まぐるしく変わっているが、人間模様は本質的には変化していない。

世界のどこかで戦争があって、人間のせいで人間以外の生き物がどこかに追いやられ、何人もの人が病気となってこの世を去る。

 

世の中こんなことの繰り返しだし、むしろ変化があっては困る。

人間しょせんこんなものだとわかっていても妬みや嫉みは死ぬまで持ち続ける。

人間とはずいぶん難しいものだ。

 

達観とか諦観という言葉があるが、これらの持つ意味合いは違って、達観は物事の本質を理解した上で、冷静かつ広い心で受け止めるというポジティブな姿勢で、諦観は字の通り最終的にどうにもならないと判断して、それ以上の努力や期待を捨てるということで、達観はポジティブ思考、諦観は諦めの思考ということらしい。

 

どちらの生き方が良いか悪いかなどそれぞれの人の考えだし、あることについては達観していてあることについては諦めているということもあるはずだ。

人生というのは達観と諦観の間をゆらめきながら進んでゆくことなのかもしれない。

少なくとも絶望にいたっていなければ、それだけでもよしとせねばなるまい。