
佐賀県警察の科学捜査研究所の技術職員が実際には行っていないDNA検査の鑑定書類を作成したということが発覚した。
DNA鑑定は重要な証拠として扱われるだろうから、それが適当にでっちあげられていたというのは困る。
なにせ、犯罪歴はその人の一生の経歴であり、私たち病理医が標本をろくすっぽ見ないで診断をつけているようなものだ。
こちらにしてみたら、たくさんの患者さんでも一人一人にとってはそれぞれの診断だ。
もしかしたらDNAの抽出は困難なため、解析できなかったものもあって、そういったものについても面倒だったから抽出できたかのようにしたのかもしれないが、それはわからない。
この人は、一人で仕事をしていたようで、佐賀県警としてはその人に任せっぱなしだったということになる。
仕事が”属人化”していたのだろうし、その人はもはや職人だったのではないか。
3、4人のチームで行っていたらチェック機能も働いただろうに、そうでなければ面倒な時は誤魔化して仕舞えばいい。
その人も最初は真面目にやっていたのだろうが、だんだんと抽出がうまくいかなかったり、結果が今一つ信頼できないものだったりして、その都度言い訳、というかその理由を説明するのが面倒となって、それならば適当でもいいからデータを出しておこうということになったのではないか。
依頼を出す方としては、これ(DNA鑑定結果)さえあれば立件できる、となればいやが上にもその結果を期待するが、その結果がないとなると落胆するし、時として”せっかく集めた証拠”が台無しにされたかのような気になるだろう。
病理診断でも同じようなことがある。
外科や内科といった臨床医が手術や生検でとってきた検体で、病理医がガンと言ったらガンで、そうでなければガンではない。
でも、苦労してとってきた検体で診断できないとなったら、がっかりする。
もし、病理医が一人で、診断がわからないからえいやっとろくすっぽ調べもしないで適当な診断名をつけたらどうだろう。
知らぬが仏は、患者さんと担当医。
そんな病理医の気持ちはわかるし、私自身一人病理医の時期があったことを考えると自戒しなくてはいけない。
一人病理医の病院は少なくない。
ほとんどの病院はパートの病理医がきたりして、完全な属人化は防いでいるだろうが、そうできないところもある。
どんな仕事でも職人芸なんていう域になると、属人化は防ぎようがない。
代わりを立てると言ってもおいそれとはいかず、実はなかなか難しい問題だ。