こんな気持ちでいられたら

ロートル病理医。地味な医者ですが、縁の下の力持ちでいられることに誇りを持っています。

アブラゼミの立ち往生


7月26日水曜日。
取り立てて何ということもない日で、語呂にも特徴なく、今日が誕生日の人は誰かに覚えてもらうにはどうするのだろう。
今日はカンファレンスも会議もなく、こんな日は仕事に没頭して過ごせる。

3、4日前から庭のプラタナス(ヒポクラテスの木、スズカケ)には大きなアブラゼミが止まっていて、ジジ、ジジ、と鳴いている。
立派なセミがどうしてひと所に止まっているのはどうしたことかと、このような状況のセミのことを検索してみたら、どうやら寿命で飛び立つ元気がなく、日に日に弱っているようだ。
立ち往生の場として、大きな葉が生い茂るプラタナスを選んだのは賢明で、これなら鳥についばまれることもない。

命のたどる運命は様々だ。
虫も草木も、命のほとんど全ては自然に消えゆくものだが、人間の場合、命の終わり方はそれぞれ極端に違う。
ここで、人の死に様の良し悪しを述べたらキリがないが、望んだように死ぬということは難しい。

死に方については人それぞれの考え方があり、一概にどれがいいとはいえない。
私が死ぬ時は、体が衰え、生きる気力がなくなり、眠るように逝きたいと思っている。
だが、そうおあつらえ向きにいくかは最期の時までわからない。

プラタナスセミが、あと何日生きることができるかはわからないが、ここを終の住処としてくれるのなら、最期まで見守っていてやりたい。
一寸の虫にも五分の魂

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