
起床時間と夜明け時間がだいぶ近づいた。
夜明けは鳥たちの起床時間でもあり、すでに賑やかなおしゃべりが始まっている。
餌となる木の実が豊富にあるだろうからさしずめ今朝はどこのモーニングにしようかなどと相談しているのか。
今朝は大事な仕事があり背広を着て出てきたもののそれでも少し肌寒い。
やはり今年の冬は寒くなるのだろうか。
この間、コンビニで買い物をしたとき店員の顔を見たら、これまでに経験したことのないような違和感を感じた。
コンビニの店員はマスクをしている。
これは当たり前のことで、なにもコンビニの店員に限った話ではないし、接客業であったらリスクも高いのでなんら問題はない。
だが、実はそれが異常な状態だという感覚に急に襲われた。
コンビニの店員という存在はもともと匿名的な存在だったが、マスクによりいよいよその度合いが強くなった。
コンビニの無人化が進み、店員が不要になりつつあるが、マスクをした店員があの精算機のように見えるようになったからかもしれない。
今日の話題は、コンビニ、スーパーの無人化ではなくて、マスクの話。
レジの無人化の話は後日また別の時にして話を戻す。
人間は顔がある動物だから顔を半分覆って隠しているというのはどうしたって異常な状況であり、子供が正常に発育することを妨げている。
それが、大人である私も他人の顔を見るのに異常さを感じるようになったわけで、いよいよこれは危機的状況に陥ったものだと感じていた。

それがやっと、いよいよ屋外でのマスク着用が不要となる。
色々な理由でマスクを外したくない人はたくさんいるようだが、私は外せるのが嬉しい。
2メートル以内で会話をする場合はマスクの着用が推奨されるようだから、まだ手放すわけにはいかないが、ずいぶん緩和されることになる。
電車の中でもマスクを外している人をちらほら見るようになったがまだ少ない。
私はまだ電車内ではマスクをつけていて、改札を出るまでは我慢している。
そろそろホームでもマスクを外して歩きたいと思うが、2メートルの距離がとりづらく、大声で話しながら歩いている人とすれ違うのが怖く、しばらくは難しそう。
それにしても、外を歩いていてもマスクを外している人は1割程度。
今朝だって、ひと気のない道路を一人で歩いている人がマスクをつけていた。
マスクをつけたり外したりが面倒だというのもあるのかもしれないが、よく平気なものだ。
この先日本にやってくる外国人が、渋谷駅のスクランブル交差点を行き交う人のほとんどがマスクをしているのを見て、どういう感想を持つかを知りたい。
日本的右に倣え社会ではどうしても”お墨付き”が必要で、マスクもそうだが、旅行にしても今度の全国旅行支援が"旅行すること"への許可を与えた格好になった。
人それぞれなので濃淡はあるが、いわゆるお墨付きに依拠する心理は日本人のほとんどにある。
こんなことだから、政治家を利用する宗教団体にまんまと騙されてしまうのかもしれないが、言われるがままではなく、まずは自分で考える努力をしなくてはなるまい。
考えることをサボるな
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