こんな気持ちでいられたら

ロートル病理医。地味な医者ですが、縁の下の力持ちでいられることに誇りを持っています。

所詮プラマイゼロであっても考えることをあきらめない


朝は青空がのぞいていたけれど、あとは雲が出て、今日も寒さが進む。
日々、いろんなことを考えるのは自分でも悪くはないと思っているが、終わってみるとそれのどれもこれもがマイナス方向に落ちついている様にみえる。

考える起点をゼロとして、問題点というか考えたいことを挙げ、あれやこれやと分析し、改善策もいくつか提案してみるが、その多くがそう簡単に解決できることではないとわかって、オープンエンドというか、答えなど見つからず、余計に落ち込む。
というのが、通常の思考パターンで、よくみたらプラスマイナスゼロに戻っていることになるのだが、解決策がないということそのものがマイナス要因として心に深く刺さって残る。
ヘーゲルのいう止揚なんて、そんなに簡単に実現できるものではない。

ならば考えるのをやめてみるというのもいいかもしれない。

何も考えない。

たとえば、隣の人が何をしていようと、政治がどう駄目になろうとも、そんなことはどうでもよく、自分さえのんびり生きていけるのであればそれでよしとする。
そんな生き方も悪くはないだろうが、無関心に勝手に生きるのは悪くはないが、いざ自分の身の上に都合の悪いことが降りかかってきたら、どうするか。

結局のところ、いつも何か考えていなければより良い生き方には繋がらないし、何かあった時、そのことに対し精神的に対応することはできない。
と、私は思うので、やっぱりしょうもないことかもしれないが、日々ちょっとずつ考えながら生きていくことにする。
たとえそれがさらなる懊悩を生み出すものとしても。
この高さはどのぐらい?

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