こんな気持ちでいられたら

ロートル病理医。地味な医者ですが、縁の下の力持ちでいられることに誇りを持っています。

社会規範に則っていたらそれは正しいといえるのか


夜中、雷で目が覚めた。
2時過ぎという、最悪のタイミング。
それから4、50分、雷鳴と稲光が続き、それらが止んで寝付いたのは3時半ごろだった。
そんなわけで今朝はちょっと眠い。

一昨日、横浜まで映画を観に行った。
帰りに妻と飲もうと思っていたので電車で行ったのだがその行き帰りの私の態度をみて、

  ”あなたがいつか刺されるのではないかとても心配になるわ"

と言われた。
私がマナーの悪い人に対し、いちいちめくじらをたてるからで、それが目に余ったようだ。

ルールを守らない人、マナーの悪い人のことを、"チラッ"と一瞥するのがよくないらしい。
まあ、いちいちガンをつけているわけで、ガンをつけられた方にしてみたら気分は良くないだろう。
でも、ほとんどの場合、黙っているので、それは先方も自分に非があるということを認識しているのではないかと思う。

それにしてもこんなこと、自分でもあまり上品なことではないかもしれないと思うし、実際逆ギレされそうになることもある。

世の中いつも正しいものが正しいわけではない。
そもそも正しいといってもそれは社会規範に従っているという点で正しいということであって、その社会規範とは何かということになる。

ホームでの歩きスマホに、並んでいるところへの横入り、横断歩道で渡ろうとしている歩行者を無視する車、禁煙エリアでの喫煙、挙げていったらキリがない。
これにグレーゾーンのマナーというのもある。
マスクはやっぱりつけておくべきか、エスカレーターでは必ず立ち止まっているべきか、駅のコンコースは右側通行か左側通行か、自分なりの価値観と社会、といってもローカルルールの様なことははたして社会規範といえるのか、そしてそれらに対していちいち目くじらを立ていていいのか。

電車内でスマホで会話して何が悪い、エスカレーターで立ち止まっていて何が悪い(むしろそちらの方が安全だ)、逆に歩いて何が悪い(どう考えても、こちらの方が危ない)、車の運転は信号さえ守っていたらいいだろう、電車を待つのにいちいち列など作らなくたっていいだろう、価値観が違えば、行動も異なる。
社会規範なんてその時代時代、地域地域のものであり、人類にとって普遍的なものではない。
そのあたりのこと、肝に銘じて、あまり他の人に対して目くじらを立てない様に、ひっそり行動する様にしたいと思うが、なかなか上手くできない。
静かに、心穏やかに

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