昨日、息子が二十になった。これまでよく無事に育ってくれたものだ。成人ともなれば親がどうかなっても、なんとかなるだろうし、一応大学にも入ってくれている。大学には自宅から通っているので、まだしばらくは面倒をみることにはなるが。子供は親のものではなく天からの預かりものなので、天、すなわち社会にお返しする時が来たといえる。

5年前に”よいこの育て方”ということをシリーズで書いた。息子がまだ中学3年の時だった。当時、息子も娘も”よいこ”に育っていると思っていた。さいわい、今でも息子は親孝行なよい子である。成人した息子を、いつまでも子供扱いするわけにはいかないので、彼に関してあれこれ言うのも終わりにしなければいけないだろう。そもそも、いろいろな点で、私よりも立派な大人になってしまったので、あれこれ言うことはもうない。
”よいこ”はそのまま立派な成人になった。だから、生まれた子供をよいこに育てることは大事だ。子供は生まれた時から連続して成人なる。小さな時から、大事に育てたつもりだが、そのためになにより“家族”を維持することに努力した。結婚生活がここまでもったのは、もちろん妻の努力がほとんどすべてだったけど、不肖コロ健も少しは頑張ったつもりだ。

そうしてみると息子に対して何かしてあげたということは、思い返すと何も無い。してあげられたのは、結局、家庭円満を維持したことだけだった。
それで十分だったのだろうかと思うが、それ以上には何も出来ることはなかった。
結局のところ、自分が幸せであっただけだった。

