
最近、かつては考えられなかったような犯罪に、若い人たちが関わるニュースをよく目にする。
どれも、人生経験の乏しい若者が「巧妙な罠だとは思いもせずに」巻き込まれてしまい、気がつけば犯罪者として処罰される。
そんな、悲劇としか言いようのない事件が続いている。
若いからといって罪が許されるわけではなく、一度下った判決は、人生に大きな影を落とす。
先日も、たまたま目にしたニュースで、数年の懲役を受けた若者のことを知った。
それも、ほんの些細な油断——いや、油断とさえ呼べないような、まさに罠としか言えないものに引き込まれてしまった結果に違いない。
私自身、もしそんなものが目の前に転がっていたら、あっさり巻き込まれて、今ごろ塀の中にいただろうと思うことがしょっちゅうある。
犯罪に手を染めなかったのは、悪知恵が働かなかっただけ、あるいは時代が違ったことと、たまたま運が良かっただけのような気がしてならない。
警察などは、特殊詐欺や違法カジノの危険性を周知し、防犯意識の向上に努めている。
だが、そうした情報を若者が真剣に受け止めるかどうかは、また別の問題だ。
正直なところ、私自身、”バレなければいい”というような発想に親しんできた人間なので、若い頃に同じ警告を聞かされたとしても、鼻で笑ってスルーしていただろう。
人の運命の良し悪しなど、本当に紙一重だ。
そして、一度足を踏み外してしまえば、そこから抜け出し、帰ってくるのはとても難しい。
だからこそ、私たち年配者には「自分だったらどうだったか」と想像し、不幸な出来事を他人事にしないまなざしが必要なのだろう。
