こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

自分の思いを表すのは難しい


お盆休みが始まるということで、通勤電車は通勤客、学生の代わりに、観光客で混んでいる。
運行ダイヤはいつも通りで、駅で並ぶひとも顔見知りが多く、そのうち、何人が休みでいないのかなどはわからないから、変化は感じられない。

このところ、ブログを書いていて”これ”というテーマが浮かばない。
時事問題、スポーツのことを取り上げて書くというのもなんとなくつまらない。
時事問題として、日本政治の体たらくぶりをあげつらったところで、虚しくなるばかりだし、このところ起こっている犯罪はどう見ても以前と様相を異にしていて、触れるとこちらの頭までおかしくなりそうだ。
それに、プーチン大統領も、トランプ前大統領も、習主席も最近マスコミに出なくなっている、みんな夏休みというわけでもあるまいに。
スポーツといえば、ここのところ応援していた大谷翔平だが、ポストシーズンへの進出が絶望的となった現状では、興味も急速に萎む。
他のスポーツにしても、それほど詳しくないので入れ込むことはない。
夏の暑さで庭仕事もままならない。

講演や依頼原稿が増えているが、これをブログに書いてもしょうがない。
私が、糖尿病や循環器を専門とする内科医でもだったらそんなことを書いたら読者が少しは増えるのだろうが、病理医ではそんなこともできないし、私の専門領域は狭い。

こうして、ブログのテーマを考えてみると人間というものが、社会との関わりの中でしか生きることができないのだと感じる。
テーマがあってもそれを上手く書くのは難しい。
(蛭子さんの心象風景)
嬉しいこと、悲しいこと、困ったこと、生きていたらそんなこといくらでもあるのに、それらを文字としてただ垂れ流すのは簡単だが、適切に表出するのはどうしたらいいのだろう。

このところ、そんなことがしばしば頭をよぎるのはなぜか。
認知能力が衰えてきたからなのか、やっと文章力の無さを自覚するようになったからか、それともただ単にブログに書ける情熱が薄まってしまったのか。
周りに気を使いすぎか

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