こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

たとえそれが完敗でも言い訳せずに別の進路をみつける


昨夜、息子から、

これってお父さんがこの前に話してていたもの?

というメッセージと共に、COVID-19に関する論文が送られてきた。
タイトルを読んだだけで、”やられた”と思ったが、時すでに遅し。
先を越されてしまった。
実際は、すでに同様の先行論文が出ているので、これが私の大発見というわけではなかったのだが、臨床的なことまで言及されていたのは分が悪い。
いまある知見を集めてさっさと出さないと、このままでは国内でも負けてしまう。
それにしても、最初に発見してから1年以上経っているのに何もしないでいたのはサボっていたとの誹りを受けても何も言い返せない。

そんなわけで、昨晩はあまりよく眠れないまま過ごした。
あのときああだった、この時ああすればよかったなどなど発表が遅れてしまった理由を考えてしまった。
つい先日のエントリーに書いたことも結局は言い訳だった。

あーあ、と嘆くことはしないで、どうしたら反転攻勢に移ることができるか早速考え、この先の”後悔”という被害を最低限にする作戦を考えよう。

こんなことを書いていたら、別の研究者から、私が共著で書いた論文が海外の雑誌に採択されたという吉報が同じモニタに届いた。

悲喜こもごもである。
焦らずに

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