昨日の記事を書いていて思った。
「このままでは、俺の人生なにごとについてもジリ貧。」
仕事の忙しさにかまけて、アウトプットだけでインプットが何もないままでいたら、そのうちなにもこのブログに書くことがなくなってしまう。淡々と日々の出来事を書き連ねているだけでは、人間としての成長を反映させることができない。これでは読み返した時、成長のない自分を見るだけになってしまう。これはブログに限った話ではない。病理医としての仕事に関しても同じだ。
生きていくには、たくさんのことをインプットしなくてはいけない。

毎日提出されてくる大量の検体を処理し続けるのが、私のような市中病院の病理医の仕事だが、検体の中には興味深く、もっと詳細に調べたい症例があったり、何例か集めて調べたい症例もあったりする。でも、なかなか突っ込んだ勉強をすることもないまま、日々の業務が過ぎていく。
病理の仕事にしても、ブログを書くにしても、そうだけど人間とにかく経験が大切だ。そしてその足りない経験を補充してくれるのが本を読むこと、すなわち勉強だ。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というビスマルクの言葉をもっと若い時に知っていたらよかったが、残念ながら知らなかった。だから、今の私はこの程度ということになる。だが、年をとって、その言葉を知り、いざ勉強しようという気になっても、今度はその勉強時間がなかなか取れない。アーサー・ヘンリーの「最後の診断」のジョー・ピアソンの言葉を引き合いに出すまでもない。
いいわけじみた言い方だけれど年をとると雑用が贅肉のように増える。仕事のことをそんなように言ってはバチが当たるけれど、勉強する時間がすでにないことは自覚しておかなくてはいけない、

若者というのはそれなりに忙しいが、自由になる時間も多い。それというのは、勉強する時間があるということだ。若いうちにいろんな本を読んでたくさんの歴史を学んでおいて欲しい。
そのことは必ず10年20年経った時に役立つ。
私もまだ若いと思って
