こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

ゴッホのひまわりが

嵐(ダブル台風)の前の静けさか

家に帰ると、萎れたひまわりが生けてあった。

どこかで見たことのある花だと思い、妻に、

 

 これはゴッホの『ひまわり』?

 

と聞くと、

 

 そうよ、よく気がついたわね。

 

とのこと。

萎れた花を、もったいないからと捨てるのではなく、最後まで慈しむ。

すでに命をいただいている切り花。

その美しさを最後まで愛でようと、ゴッホも思ったのだろうか。

あるいは、まったく別のことを考えていたのかもしれないが、偉大な画家の思いに心を馳せることができて、少し幸せな気持ちになった。