こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

なるほどそういう映画だったのか

複雑な雲の形

この間の土曜日、テレビをザッピングしていたら、放送大学で懐かしい映画が流れていた。

映画史の講義なのか『第三の男』。

 

どうして懐かしいかというと、文化祭で映画上映があってそのときに見たから。

それが中学生の時だったか高校生の時だったかは定かではないが、体育館に敷いたシートの匂いと共に思い出す。

映画は毎年一本上映されていて、文化祭ごとに必ず観た。

 

今はどんな映画が上映されているのかは知らないが、“多感な時期”の良質な映画というのは残っているもので、娯楽ではなく、それが芸術なのだとわかる。

他にも今になってみれば、良質な映画ばかりだったと思うが、あれは誰が選んでいたのだろうか。

文化祭で観てよく覚えている映画には、先日訃報が伝えられたロバートレッドフォードの『スティング』もあった。

映画好きの先生か、映研の誰かが探してきたのか、それとも文実だったのか。

 

『第三の男』はラストシーンをよく覚えていた。

解説、というか”講義”もしっかり聴いて勉強して、なぜこの映画が不朽の名作と言われるか、そして複雑な後半部の意味が私なりになんとなくわかったのはよかった。