こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

プチ、ハルキストとして

降ったり止んだり

3日の朝刊に、村上春樹の新作についての対談が掲載されていた。

それを読んで、新作がおととい出たのを知った。

さっそく昨日、横浜駅の有隣堂に行った。

 

平積みでうず高く置かれているだろうと思っていたら、見本が1冊置いてあるだけで、かわりに「こちらをレジにお持ちください」とのカードが置いてあった。

なんとなく寂しい感じだったが、まあ、あまりにもたくさん売れるので、補充の手間を考えると、そのほうが良いのだろう。

一応、カードを持って行ったが、それなら手ぶらでレジに行って、「村上春樹の新刊を」とだけ店員に告げたら良かった。

まだまだハルキっぽくなれていないと感じてしまった。

 

さっそく、2、3ページ読んだ。

いつものことながら、読み始めると読み終わるのがもったいなくなるので、それだけで中断したのだけど、やっぱりすごい。

対談の中で、村上春樹が自分で77歳だと言っていたが、年齢などまったく感じさせない瑞々しい書き出し。

帯に書いてあったのが書き出しだけだと知ったが、まったくそう、その先は一文字だって書けない。

いつも以上に慎重に、読み急がないようにして読み進めようと思った次第。

 

それにしてもすごいな、村上春樹。

日本人に生まれて良かったことの一つが、日本語で村上春樹を読めるということだろう。

ちなみに目次にその地名が出てくる武蔵境は、私が新婚時代に住んだところ。

そこがどんなふうに描かれているのかも、とても楽しみ。

いつも思うが、村上春樹は「日本語」をとても上手に使っているし、日本のとてもドメスティックな地理感で書いている。

ちなみに、あの、青豆が三茶の少し渋谷寄りで首都高を降りたなんて描写はあそこを走ったことがなければ全くわからないはずだ。

こんなの日本人でなくてはわからない使い方であって、これはわざわざノーベル賞を取ろうとなんて考えて書いているのではないと思ってしまうし、それでいい。

 

対談の中で、

「僕の書き方は、プランを作らずに、自然に出てきたものを拾い上げて書き進めるスタイルです」

と言っていて、私のブログもそんな書き方だけど、それでいいんだなと、ちょっと自信を持つことができた。