こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

生身の人間としての感覚の喪失

このあと晴れるかな

梅雨空が続いて、それほど気温が上がらないので助かっている。

とくに、夜の暑さをしのげるのが嬉しい。

とはいえ、そろそろ梅雨も終盤に差しかかってきた。

この先の天候は予断を許さない時期なので、常に備えておかなくてはならない。

 

現代社会では人工物に囲まれた生活を送っているが、そうすると生身の人間としての感覚が、少しずつ失われているような気がする。

空調の効いた部屋。

冷房でガンガンに冷やされた電車。

どこへでも楽に移動できる車。

どれも快適に作られているし、それらが悪いことだとは少しも思わない。

ただ、暑さとは何だっただろう、歩くとは何だっただろう、ということを忘れてしまうことがある。

寝苦しい夜を何とかやり過ごし、それでも朝になれば案外すっきりしていたこと。

長く歩いて棒のようになった足を、ようやく休ませた時の気持ちよさ。

そうした感覚は、いつの間にか遠い昔のものになってしまった。

 

思考についても、同じようなことが起きている様な気がする。

いよいよ仕事がスタックしてしまい、AIに相談した。

すると、まず抱えている仕事と期限をすべて挙げるように言われた。

そこで、覚えている限りの仕事をリストにして相談したところ、「まあまあ、落ち着いて」とでも言うように、順序立てた解決策を提示してくれた。

もちろん、個々の仕事には自分で対応しなくてはならないのだが、優先順位と手順を整理してもらったことで、一つずつ片づけられる見通しが立った。

というか、落ち着いた。

 

人間しょせんは、一度にできることは一つしかない。

それなのに仕事がてんこ盛りになると、聖徳太子よろしく、いくつものことに同時に対応しようとしてしまう。

しかし、そんなことは土台無理なことで、「マルチタスク」が一つの優れた能力であるかのように語られることもあるが、実際には、自分の仕事を極限まで細切れにしているにすぎない。

一つの仕事に集中しているのではなく、次から次へと注意を切り替えているだけだ。

 

AIに仕事の整理を相談してよかった。

頭の中で毛糸玉の様に固まってしまっていたものがほどけて、目の前の一つ一つに向き合えるようになって大いに助かった。

ただ、こうやって、難題をAIに持ちかけ解決してもらっていると、目が回るほどの忙しさや、いくつもの仕事を同時に抱えているという切迫感まで、いつか失われてしまうかもしれない。

暑さや疲労を人工物が和らげ、混乱や焦りをAIが整理してくれる。

そうして生身の人間としての不快さを一つずつ手放していった先に、人間には何が残るのか、そう考えると寂しさも感じてしまう。