
査読の期限が7月6日だというリマインドメールが、昨日届いた。
引き受けてから、もう1週間も経ったのかと驚く。
専門分野の論文だから大丈夫だろうと高をくくって引き受けたのだが、論文で扱われているのは、当然ながら最先端の研究だ。
「古いタイプの病理医」にとっては、これをたったの2週間で片付けるなんて、実のところ、なかなか荷の重い仕事だ。
これさえ引き受けていなければ、ほかの仕事は何とかなったようにも思う。
しかし、今さら言っても後の祭り。
付け焼き刃であっても勉強して、何とか査読を終わらせなければならない。
先のことをよく考えず、あれこれ引き受けたツケが回ってきている。
原稿が3本。
もっとも、そのうち1本は、以前書いた6本の原稿を特集用に再構成するものなので、ゼロから書くわけではないが、感覚としては2本分ほどの負担がある。
学会の準備が2つ。
1つは早めに取りかかっているが、もう1つは、先ほどの査読と同じである。
「まあ、何とかなるだろう」
そう思っていたら、やはり学問の進歩は日進月歩。
簡単に何とかなるものではなかった。
学会発表は再来週、9月初め、10月初めの3個。
その間に研究会や会議が、ぐちゃぐちゃと入り込んでいる。
まさに猫の手も借りたい状況である。
もちろん、同僚にも手伝ってもらっている。
しかし、人に頼めば頼んだで、自分が考えたとおりには、なかなか進まない。
そんなとき、頭の中で鳴り響いたのが、チャイコフスキーの『1812年』だった。
怒濤のフィナーレが頭の中をぐるぐると回り、もうおかしくなりそうだった。
いっそのこと逃げ出したい。
しかし、そういうわけにもいかない。
定年まで残りわずかとなった現役生活に、華々しく戦うための舞台が用意されている。
そう考えればよいのではないか。
そう思い、まずはここに、その覚悟を書いておくことにした。
心配なのは、ほかにも何か忘れている仕事があるのではないかということである。
ふと我に返ると、ルーチンワークも管理職としての仕事も、てんこ盛り。
その現実に気づくと、絶望に近い気分になる。
それでも、逃げ隠れするつもりはない。
こうなったら、堂々と受けて立とうではないか。