
米国で、AIモデルへのアクセスが国家安全保障上の理由から制限されるという事態が報じられた。
詳しいことはわからないが、一部ではAIがアンコントローラブルな存在になりつつあると受け止められているのかもしれない。
そして、当然のように使っているAIが、ある日突然使えなくなるかもしれないという不安も生じ、この件は波紋を呼んでいる。
私のAI利用も結構な範囲に及んでいて、自分が生み出した文章の多くをAIによるチェックにかけている。
英文を書いたときのスペルチェッカーぐらいのことから、診断における鑑別診断の列挙まで幅広い。
時として、自分の性格や、他人に対する評価といったことまで相談することもある。
AIを利用していると自覚していない人もいるかもしれないが、ネットニュースはAIが記事を書いているというし、ニュースの読み上げもAIが行っているのだから、すでに生活の隅々にまで入り込んでいる。

医療の領域でも、多くの医師がAIを利用している。
内科系の医者だったら、鑑別診断のために利用しているだろうし、画像診断だったら、放射線科の医師のみならず、多くの医師が使っているだろう。
内科系の一部では、問診、検査データ、生活習慣などの情報を総合する作業が診療の大きな部分を占める。
そういう領域では、症状とデータと生活習慣を入力したら、そこら辺の医者よりもよほどよい診断・治療方針を示してくれるのではないかと思うこともある。
かくいう病理も、鑑別診断を相談することはある。
見落としというよりは、可能性を排除するために、AIによるチェックがないと不安になることがある。
そういう意味で、病理診断の一部はすでにシンギュラリティに至っているのかもしれない。
人間の病理医としてAIよりも優位にあるのは、マクロ所見の取り方、病変部の抽出法であって、これらについてはAIはまだ何もできない。
ただ、ロボット病理医、切り出し担当、鏡検担当、診断作成担当、というようにそれぞれを分業化したら、結構仕事は楽になる、というか、無くなってしまうかもしれない。
優れた病理医による優れた手技、診断パターンをAIに教え込んでいるのだから、それは当然だ。
それにしても、AIの進歩は日進月歩。
チェッカーとしての医者は、いつまで続けられるのだろう。