こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

誰でもできるかもしれないが、誰かに任せるわけにもいかず

ちょっと止んだ

一度は凍死してしまったと思っていたガジュマルが芽を出し、いまではすっかりモジャモジャになってきた。

鉢増ししてやって、少しゆったりと育ってくれるといい。

こんな少しの土の世界で逞しく生きているのを見るといじらしくなる。

そして、その生殺与奪を握っている自分という存在に自信が持てなくなる。

命が漲っている 

明日締め切りの講演原稿がやっと完成に近づいてきた。

文字スライドは一つ一つAIでチェックしているのでかえって時間はかかるが、知らなかったことや間違いも見つかるので助かる。

そういえば、私が下書きをして、完成までを部下に任せた原稿はどうなっているだろう。

来年の研究会の準備はてんこ盛りだ。

スポンサーを見つけたのだが、そのおかげで”世話人講演”が1本だったのが、2本になった。

昨日は、来年の病理学会から座長の依頼が来ていた。

ワークショップを企画したのでその座長をやれと。

当たり前の流れなのだが、では各演者にどこまで指示を出すか、発表内容をどうやって調整するか。

あとは、なんだろう。

来年はもう一つ研究会があるし、先日の学会での診断手引きのマイナーリヴィジョンも進めなくてはいけない。

9月に小さな研究会、10月には国際学会(国内開催)も控えていて、まだ手付かず。

ルーティンワークはちょっと増えて、検査科に所属する医師が増えたのでその面倒も見なくてはいけない。

 

仕事がスタックしつつある。

こうやってToDoリストを並べてみると、自分でなくてもできる仕事ばかりのような気もする。

それでも、一つ一つ片付けていかなくてはいけないので、やるしかない。

仕事なんて、頼んだ人にしてみたら、それなりの結果を求めているのだろうが、私にしてみたら、誰にだってできること、今は私が担当しているだけだ。

たまたま私にお鉢が回ってきて、父の遺訓通りに断らないでいたから、そのまま増えた。

そういえば、昨年、都合がつかず例年依頼されていた仕事を断ったら、今年はもうお声はかからなかった。

それはそれで助かるのだが、ちょっと寂しいし、やっぱり仕事というのはそういうものだと実感する。

だから、誰かに任せるのが嫌だというわけでもないのだが、せっかくきた仕事を断るのも気が引ける。

 

他にも何かあったかもしれないが、それは気がついた時に対応しよう。

ガジュマルも少しずつ枝を伸ばしている。

私も一つずつこのスタックした仕事を少しずつ解除できるよう頑張ることにする。