こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

篩の上に残ったものを託してゆくということ

土砂降りの雨

今日から5月。

昨日は、ブログで宣言した通り、結構頑張って仕事をした。

仕事をしたといっても、振り返ってみれば、ほとんどのことは私の周りの人が手を動かしていた。
私がしたことは、その人たちの手伝い。

手伝いというのを言い換えると指導で、私の知っていることを教えた、ということになる。

 

気がつけば病院では私が最年長だ。

知識量は別としても、経験だけは誰よりもある。
周りの人というのはみな後輩で、頼れる先輩は、もう身近にはいない。

医者だけでなく、臨床検査技師にも、病理学的な観点からの指導をする。
これもまた、私がこれまで経験してきたことを伝える。

 

これらの「伝えるべく経験」というのは、私という篩の目に引っかかったものであり、私なりにはそれなりの真実であり、価値あるものだと思っている。

その篩の目の大きさはさておき、その篩に玉石混交の土を放り込んでくれたのは、これまで私がお世話になってきた多くの先輩たちである。

かつて私が言われていた頃はよくわかっていなかったが、その残りは私の血肉となり、病理医としての今の私を形づくっている。

 

今、こうして私は、少しずつ後輩に、その篩の上に残ったものを引き継いでいる。

彼らがそのうちの何をどれだけを篩の上に残すかは、彼ら自身の判断だ。
そもそも、私が残すものは「私」の篩の上に残ったものであり、他にも篩はいくらでもある。

次世代に何かを託す機会が少しでもあるということは、ずいぶん幸せなことだと思う。

病理医としての終活が始まっているとふと思うが、少しずつでも有終の美を飾ることができたらいい。

残された時間は案外短い。