こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

ゲームに出させてもらっているのは幸せなこと

昼から雨

昨日今日と、何となく記事に元気がない。
前の日の帰り道に下書きをしたせいだろうか。

冒頭の数行はその日の朝書き足しているが、その後のくだりは帰りに書いたものだ。
朝の元気と、夜の憂鬱。人間の感情の起伏はわかりやすい。

 

出張続きだったせいか、疲れがたまっている。

よその土地へ行けば体力を使うし、初めて訪れる場所だと緊張もする。
それだけで疲れが増幅される。

知らない人と会うのもまた気を遣う。
相手がどんな人かわからない以上、それは仕方のないことだ。

 

新幹線での移動というのも、なかなか消耗するものだ。

最近は訪日客も多く、車内の過ごし方に戸惑う場面もある。
日本人向けにできている仕組みに合わせるのも、向こうにしてみれば大変なのだろう。

 

学会も疲れた。

新しい知見を聞けば、以前は知らなかったことを知る喜びが勝っていた。
それを何とか自分の中に取り込もうと、気持ちも前に向いた。

しかし今は、この頭に新しいことを詰め込む余白が、自分の中にはもうあまり残っていない気がする。

そんなわけで、学会も出るたびに疲れる。
もうそろそろ、いいかと思うこともある。

 

私の体は社会の表舞台から、少しずつフェードアウトしようとしているのかもしれない。

もっとも、何をもって表舞台というのかは難しい。
肩書きがあることでも、人前で何かをすることでもないだろう。

ただ、これまで自分がいた場所で、過去の貯金だけを頼りに生き残ろうとすることには、もうあまり未練がなくなってきた。

 

そうはいっても、もうひと頑張りはしなくてはいけない。

かつて大好きだったバスケットボールの試合でいえば、残り2分といったところか。

だが、この時間をコートで過ごせるのも、試合に出させてもらっているという幸運があってこそだ。

その幸運をありがたく思うなら、やはり最後まで走り通すしかあるまい。

今年最初