
夢を持つというのは、いいことだと言われる。
なぜいいのかは、いまだによくわからない。
夢は生きる活力になるのかもしれないが、夢がなくても生存本能はあるので、それほど関係はないようにも思う。
では、なぜよいのかといえば、その夢が実現した時のことを思い描く楽しみがあるからかもしれない。
夢としてもっとも端的なのは、宝くじだろう。
当たったらああしよう、こうしようと思いながら、一攫千金という夢を買う。
こんなふうに買える夢がある一方で、おいそれとは買えない夢もある。
自らの努力によってしか手に入らない夢というものだ。
それが実現できた時は、やはり嬉しい。
お金とか物質的なものに置き換えられなくても、夢として思い描いていたものであれば、実現できた時の満足は大きいだろう。

そういう意味で、人間はいつも夢を持っていたほうが、満足を得やすいのかもしれない。
満足の定義まで始めたらきりがないので、それは別の機会にするとして、いつも夢を持っていることで、人間はずいぶん幸せな気持ちになれそうだ。
そして、それに年齢は関係ない。
時間という一本の数直線の上にいる限り、人間を含め万物は、今この時がスタートラインだ。
若者が夢を持つのは、その後の人生が長いからだろうが、年寄りもその後の人生に夢を持っていい。
私としても、まだやり遂げていないことを、残りの人生で片付けておこうという夢は持っている。
それらは私にとって、いずれも意外と険しいものだ。
油断せず、一つ一つ実現したいものである。
そして、それらが片付いたらまた夢を持って人生を歩みたい。