こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

第115回日本病理学会総会@札幌・・・ Autopsy(剖検)とDissection(解剖)

向こうは手稲山

最低気温5度と聞いて少し身構えながら 札幌 に来たが、やはり昨夜はかなり寒かった。春夏用の背広では心もとなく、持ってきたカーディガンが役に立った。手袋も正解だった。

調子に乗ってしまった

親しい研究グループとの懇親会で少々飲み過ぎたものの、朝一番には教室の“大”先輩の講演があり、慌てて朝食を済ませて会場へ。

何とか間に合った。

昨日今日と実に盛りだくさんの内容で、腹も頭もいっぱいである。

空間解析やトランスクリプトーム解析が話題の中心で、進歩の速さに理解が追いつかない。若い頃に蓄えた研究の貯金も、いよいよ底が見えてきたような気がする。

今回は、来年予定されている二つの研究会の準備も兼ねている。すでに講演をお願いしている先生方には改めて御礼を伝え、まだ選定中のセッションについては有望な先生方に声をかけ、昨日のうちにお二人から内諾をいただいた。

研究手法は日進月歩で進化する。しかし、その基盤にあるのは、あくまで人体である。これは病理学に限らず、医学研究すべてに通じる話だ。

そして今、しばしば話題になるのが病理解剖数の減少である。昨日の社員総会でも、この件で議論が長引いた。

ところで、その「病理解剖」をどう表現するかには、以前から少し引っかかるところがあった。

亡くなった方の死因、さらには病気の機序解明のために行うのが病理解剖であり、日本語では「剖検」ともいう。

  • 剖検 = autopsy / postmortem examination
     死亡後に死因や病変を調べる検査
  • 解剖 = dissection / anatomy
     身体構造を調べるために切り分けること、または解剖学そのもの

日常では「解剖して死因を調べる」と言うこともあるが、英語ならその場合は autopsy が自然だろう。そう考えると、「剖検」という言葉のほうが本来は的確である。私自身もこの語をよく使う。

「解剖」はどこか直截的で、「剖検」は少し専門的で渋い。そういう響きも悪くない。

ただ、一般の方には「剖検」がわかりにくいのだろうか。最近は「病理解剖」と表現を統一する方向になっているらしい。

たしかに 法医学 の行う「法医解剖」と区別する必要はある。病理医が行うものを「病理解剖」と呼ぶのは、実務上わかりやすい整理ではあるだろう。

それでも、「剖検」という言葉が少しずつ消えていくのではないかと思うと、わずかな寂しさもある。

もっとも、私が生きているうちは私が使えばいい。あとの時代の言葉は、その時代の人たちが決めていくものだ。

言葉は、時代とともに変わっていく。

薄曇り