こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

ピッチがスマホになった

まるで台風一過

病院で職員が連絡用に持たされているピッチ(PHS)が、スマホに変わった。

ピッチは軽くて胸ポケットにすっぽり入るので、根付けをつけて済ませていたが、今度は首から下げる長いストラップが支給され、どうもそれを使わなくてはいけないらしい。

首にかけると腰のあたりでぶらぶらして歩きにくい。胸ポケットに入れると、今度はストラップが余る。

スマホの重さはピッチの倍はあるので、軽く持ち歩くというわけにもいかない。

私(病理医)のように顕微鏡の前でじっとしているなら横に置いておけばよいが、常に持ち歩かなければならない臨床医はたいへんだろう。

 

スマホ導入は職員の利便性向上ということだが、私のいる病理診断科、あるいは検査科は、ラインのグループを作るほどの陣容でもない。

結局は直接本人に連絡するのと大して変わらない。

院内LANにつながっているノートPCもすぐ横にあるので、どちらを使っても大差はない。

 

ただ、スピーカーが使えるようになったのは恩恵の一つだ。

これまでは顕微鏡を操作している最中に連絡が来ると、一旦手を止めなければならなかった。

今は、横に置いたスマホの画面をなぞって出て、そのままスピーカーホンに切り替える。

顕微鏡を覗きながら対応できるようになったのは、たしかに進歩だ。

同僚と共有する必要がある場合も、そのままスピーカーにすればよいので楽である。

院内で秘密の話をするような立場でもないので、ほとんどはそれで済む。

医局でも、ときどきスピーカー越しと思われる声が聞こえてくるので、皆それなりに使いこなしているようだ。

 

スマホが当たり前の世の中になって、どれくらい経ったのだろう。

10年か、15年か。

ガラケーの残骸は手元にあるが、スマホは回収されるので、はっきりとは思い出せない。

いずれにせよ、ずいぶん前から使っている。

 

スマホの登場は、いまやエポックメーキングな出来事として語られているが、技術革新の流れの中では、ほんの一瞬の出来事に過ぎないのかもしれない。

10年後、15年後には、どんな機械が当たり前になっているのだろうか。

 

できることなら、戦争をしなくて済むような技術が生まれてほしいと思う。
ただ、それを望まない人たちがいる限り、その行き先もまた別の方向へ進んでしまうのだろう。