
人間同士のいさかいというのは、人間という存在のもつ特性なのだろうか。
そしてそれは、人間のどんな欲求が引き起こすのか。
さまざまな欲が、それぞれを満たすために増幅させられ、人は欲求を満たさずにはいられなくなってしまう。
個人の努力で達成できることなら、他人に迷惑をかけることもない。
しかし、一人でできなければ仲間を作り、徒党を組んで他の人を圧迫する。
個人同士でも面倒なことは多いし、集団同士でもそれは変わらない。
大小老若、どうしてこうも面倒なことばかり続くのだろうか。
あまりに面倒だからといって、それらをおいそれと放棄することもできない。
今、世界各地で戦争や紛争が絶えない。
それらを対岸の火事と決め込んでばかりもいられない。
すべての事象は相互に影響し合っているから、最終的には自分にもその影響が降りかかってくる。
どんな形かを具体的にいうのは難しいが、大なり小なり面倒なことになる。
面倒なことがあると、悩みが増える。
悩みという言葉も、どう定義していいのかよくわからない。
最近思うのは、人間というのはどうしてこうも面倒な存在なのだろうか、ということだ。
たとえ善人であっても、それは一側面に過ぎず、他方から見たら悪人とまではいかなくても、ただの人にすぎないということはよくある。
あれこれのそのようなことは、人間がわざわざ作る面倒なことによって引き起こされる。
もしその「面倒なこと」自体を作り出さないで済むのなら、それはもう神様の仕業でしかない。
しかし神様にもいろいろと役割分担があるらしい。
神様と一言でいっても万能ではなく、ある意味では期待外れだ。