こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

いつまでたっても人間社会は面倒なことばかり

今日も大雨

人間同士のいさかいというのは、人間という存在のもつ特性なのだろうか。
そしてそれは、人間のどんな欲求が引き起こすのか。

さまざまな欲が、それぞれを満たすために増幅させられ、人は欲求を満たさずにはいられなくなってしまう。

個人の努力で達成できることなら、他人に迷惑をかけることもない。
しかし、一人でできなければ仲間を作り、徒党を組んで他の人を圧迫する。

個人同士でも面倒なことは多いし、集団同士でもそれは変わらない。
大小老若、どうしてこうも面倒なことばかり続くのだろうか。
あまりに面倒だからといって、それらをおいそれと放棄することもできない。

 

今、世界各地で戦争や紛争が絶えない。
それらを対岸の火事と決め込んでばかりもいられない。
すべての事象は相互に影響し合っているから、最終的には自分にもその影響が降りかかってくる。

どんな形かを具体的にいうのは難しいが、大なり小なり面倒なことになる。

面倒なことがあると、悩みが増える。


悩みという言葉も、どう定義していいのかよくわからない。

最近思うのは、人間というのはどうしてこうも面倒な存在なのだろうか、ということだ。
たとえ善人であっても、それは一側面に過ぎず、他方から見たら悪人とまではいかなくても、ただの人にすぎないということはよくある。

あれこれのそのようなことは、人間がわざわざ作る面倒なことによって引き起こされる。


もしその「面倒なこと」自体を作り出さないで済むのなら、それはもう神様の仕業でしかない。

しかし神様にもいろいろと役割分担があるらしい。
神様と一言でいっても万能ではなく、ある意味では期待外れだ。