こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

この混乱がいつまで続くかなど、当事者にだってわからないのでは

今日はちょっと寒い

米国・イスラエルによるイランへの攻撃は、なお終わる気配が見えず、多くの人がその行方を固唾を飲んで見守っている。

今の世の中、石油が手に入らないとなれば、ほぼあらゆるものの値段が上がりかねない。

イランの核開発を野放しにしていてよかったのかと言われたらそれまでだが、そもそもどれほど開発していたのか。
ならば北朝鮮はどうなるのか、と考え始めるとキリがないし、おそらくどれも、ある意味では本当で、ある意味では真実ではないのだろう。

 

人間の世界は想像、というか各人の妄想と妄想の関わり合いで動いていて、誰が何を考えているかなど本当はわからないのに、自分の中で勝手に、あいつはこうだと決めつける。
そもそも、自分が何を考えているのかだって、よくわからない。

 

物理的に、あちらのものをこちらに動かせば多少はわかるのかもしれないが、それにしたって相対的な事象にすぎず、自分の感覚すらはっきりとはわからない。
私は、私の考えていることがよくわかっていない。
こうして言語化しても、考えなど書いていくはたから消えてゆくから、結局は不明なままだ。

 

だから、今のこの混乱がいつ終わるかなんて、誰にもわからないのだ。
お互い相手のあることだから、当事者とされる人たちにだってわかりはしないだろう。
人間の世界は、こうやって混沌としたままずっと進んでいくのだろう。

一つわかることがあるとすれば、誰も何もわかっていないということだ。
だから、誰が偉くて誰がそうでない、などということも簡単には決められない。
そうだとすれば、自分は自分なりに大切な存在だと言えるのかもしれない。