
先日、HE標本(病理診断で用いる一般的な染色法)で、なんだか違和感を感じる症例があった。
うーん、これは、どうも本線とは違う、むしろあの疾患が怪しい、ということで、免疫組織化学という、そこにあるタンパク質を同定する方法で検討したら、違和感は正しくて、診断が確定できた。
それがそうであるかどうかで治療方針が180度変わってしまうような病態だったのでよかった。
それはさておき、免疫組織化学でその疾患の確定診断にたどりついた後、もう一度HE標本を見直すと、今度はその病気がそれにしか見えない。
そのタンパク質を持っている病的な細胞がこれでもかというほど目に飛び込んでくる。
お前らこんなにいたのか!というほどだ。
これはまるで、最近ネットでよく出てくる、二桁の数字の足し算引き算で棒を一本動かすと正しい数式になるというクイズと同じだ。
なぜ、答えがわかると急によくわかるようになるのだろうか。
もちろんその病態を知らないのではお話にならないのだが、それは足し算引き算を知らないでそのクイズに挑戦するのと同じだ。
AIに相談したところ、どうやら病理診断というのは探索という状態で、そこにある病気がなんなのかがわからない中で診断を探る。そして、診断が確定するということは、認識されたということになるらしい。
そして、一度認識されるとパターンが形成される。
だから、胃がんとか大腸がん、乳がんといったよくある病気の診断は瞬時にできるようになる。
一方で、希少疾患と言われるものは、その名のとおり希少なので、一生のうち出会うことがほとんどない。
10年で胃がん・大腸がんを10000人診断するとして、昨日のような症例は2、3人いるかいないか。
まあ、大変だ。
それはさておき、診断のプロセスというのは面白く、顕微鏡の奥に見えるすべての情報はバラバラなのだが、いろいろな方法を駆使して診断が確定すると、一気に構造化されて、診断への道すじができる。
だから、これを覚えていれば、次もまたすんなり診断できるはずなのだが、なにせ、2、3年に一度出会うかどうか、なかなか覚えていられない。
それでも優秀な病理医はいろいろなことをよく覚えている。
いわゆる”引き出し”が多いということだ。
私の引き出しはそれほど多くないが、希少疾患ばかり見てきたので、この分野についてはまあまあ、知っている方だが、まだまだ修行が足りない。
30年以上、病理診断に携わってきてこれなのだから、医学の道は深遠だ。
AIが病理医に取って代わる時代が来るというが、AIが得意なのはパターン認識である。
大量の画像を学習させれば、頻度の高い疾患はかなりの精度で診断できるだろう。
しかし、病理診断は単なる画像分類ではない。
「違和感」に気づく力、本線から外れた可能性を疑う力、そして、診断がついた後にそれを物語として再構成する力。
ここに人間の役割がある。
AIは既存の知識を再構成するが、違和感から仮説を立てる主体にはまだなりきれない。
とはいえ、膨大な数の画像を学習させたら、パターンを認識することはできるようになるので、ありふれた病気の診断はできるようになるだろうし、実装化されつつある。
病理医の仕事はある程度任せられるようになる。
これは病理医不足の今の世の中ではある意味朗報と言える。