こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

昨日のCPCの出来は65点

暖かくなってきた

昨日のCPCでの私のプレゼン、自己採点で65点。
一部は出席者の役に立ったと思うが、ABCのAをつけることができるようなものではなかった。

病理としてできることはしておいた。
しかし、それだけでは足りなかった。
とくに鑑別診断が十分でなく、「亡くなった原因はわかるが、その原因はなんだったのか?」という問いに、最後まで迫りきれなかったのが心残り。

 

最近ではネットを検索しながら聴講してそこから質問を浴びせかけられるのでたまったものではない。

こっちもそうしたいのだが、衆人環視の中でそれもままならない。。

次からはこちらも、状況に応じて方向転換できるように、完全オンラインにでもしてみようか。

でも、大会議室が多くの参加者で埋まっているのは嬉しい。

沢山の人の前で喋るのがどうというより、病理主催のカンファレンスにこれだけの人が集まるというのが嬉しい。

まだまだ頑張らなくてはと院内での重要性をひしひしと感じた。

 

ちょうど今オリンピックで、選手達が口にするのはやれることはやって、ということだが、自分にできることをやるのは当然で、それ以上に必要なことを探さなくてはならない。

負けた選手はそこが足りなくて負けるのだろうし、そのことがわかるから悔しくて涙が出てしまうのだと思う。

 

私のプレゼンにしても、オリンピックにしてもやらなくてはいけないことを疎かにしては、結局後で後悔するのは同じ。

そして、何もそれは全ての仕事に通じるものだ。

それらを制してこそ真の勝者であって、だからこそ努力が評価され、尊敬されるのだ。

そこへ到達することは難しいし、仮に辿り着いたとしても、その先にはもっと険しく長い道がある。

人生とはそんなものだ。