こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

イベントはどこまで膨張してゆくのか

厚い雲、寒い朝

朝から都内で学会。

ミラノ・コルティナオリンピックの開会式を見ながら朝食をとっていたが、これ以上見ていたら遅刻してしまうと、聖火の点火前に家を出た。

今夜はまとまった雪の予報で、帰りが心配だ。

少なくとも懇親会は参加費だけ払って早々に切り上げよう。

 

こういうビッグイベントを見ると、運営はずいぶん大変だろうと思ってしまう。

もちろん、その道のプロがやることだが、プロだからといって簡単なことばかりではないだろう。
開会式のようなイベントならまだ予定も立つだろうが、実際の競技の運営となると、天気のこともあって苦労が多いに違いない。

出場選手の努力もさることながら、仕事とはいえ大会を支える人たちも尊敬に値する。

私が参加した学会、あるいは昨年主催した学会も同じだが、どうしてこういうものは次第に大きくなってしまうのだろう。

 

去年の私は、「一昨年程度で」と思ってやったのだが、周りから見たらどうだっただろうか。

オリンピックも似たようなもので、開き直って簡素なものにしてしまえばいいと思うが、どうもそうはならないようだ。

学会だって懇親会なしで済ませてもいい。

 

開会式を見ながら、こんな大規模なイベントを、いったいいつまで続けることができるだろうと考えた。
そして、これからお世話することになっている学会も、どの程度の規模にするのがよいのか。
そろそろ真面目に考えようと思った。