こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

師の言葉が頭をよぎるとき

薄い月が

病理診断をしている時、これまで習ったいろいろな、師というべき先生の言葉が頭をよぎる。

テレビドラマや漫画で、主人公の頭に唐突に浮かんでくる回想シーンのような感じだ。

中には、その先生オリジナルではなく、広く病理医の間で言われている言葉もある。

代表的なものが、「標本の中には必ず所見があると思って視ろ」だ。

だが、それ以外にも、いろいろと頭に浮かんでくるものがある。

これまで多くの病理医に、病理診断や研究について教えてもらってきた。
そして、多くの師との間には、多くの言葉のやり取りがあり、少なからず病理医としての私の血となり骨となっている。

実はこの記事は、診断中にこのことに気がついて、タイトルだけを書き留めておいたものだった。
だが、その、何の診断をしている時に、どの先生の、どんな言葉を思い出したのかを忘れてしまった。

書いていても、なかなか思い出せない。

面白いものだ。

診断中というのは、おそらく極限に近い状態で頭をフル稼働させ、師の言葉を含め、あらゆる情報をかき集めているのだろう。

だから、どこかから、誰かの言葉が浮かんでくることがある。
それを今思い出せないということは、いまはリラックスしている、というか、脳の「病理診断用」とは別の場所が使われていて、そこには師の言葉は関係ないのかもしれない。

AIの思考をニューラルネットワークと言うが、私の脳もまた、ちゃんとそれを使って診断しているのだと、妙に実感してしまう。