
政治家の発言に必要なのは、熟慮の末の言葉なのか、それともある程度の根拠をもってポンポンと話してしまうことなのか。
熟慮に熟慮を重ねていては、いつまでたっても地蔵さんのようになにも動かなくなってしまうし、根拠なくポンポン話すとそれによって右往左往する人が出てきてしまう。
金融、防衛などといったことだとどちらも困るし、かといってどちらかである必要もある。
結局のところ、どういう人・政権を選ぶかは有権者が決めることだし、有権者はその結果に従うしかない。
重大政策を矢継ぎ早に繰り出すアメリカのトランプ政権はどちらだろう。
ポンポン出しているように見えるが、実は熟慮の末かもしれないし、そもそも熟慮など必要ではなく、ある程度のところで発言というか旗色を鮮明にしておかなくてはいけないことかもしれない。
高市首相の、台湾発言そして今回の円安発言も、ある程度は持論があってその上の発言なのだろう。
私は若い頃、ずいぶん口が軽かった。
結果として、面白い人などと言われてこともあったが、人のことをずいぶん怒らせたり、侮辱したこともある。
若い頃ばかりでなく、いまだにそういうことはあって、自分なりに口を慎むべきと自戒することはしばしばある。
その自分のことを考えてみると、普段口をついて出る言葉というのは、最終的には自分自身の人生観に行き着く。
あまり深く考えない、自分の思ったことは積極的に話す。
それを口が軽いと言われてしまえば、それまでだがそれが私の生き方で、変えようがない。
このブログの記事だって、思ったことを毎日徒然書いているだけで、深い考えがあってのことではない。
もちろん、学術書や学会発表のための文章だったらある程度は深く考えるし、そういう文章も書けるが、このブログは違う。
ブログの記事も日々の会話における言葉もSNSの時代、何ら変わることはないかもしれない。
この記事の内容の是非はともかく、毎日これほどのことを思いついて書く、というのも私の生き方の一つなんだと思う。
ただ、ブログの記事は推敲しているが、日常のおしゃべりは推敲ができない。
お喋りの方は、そのあたりを少し意識しながらにしようとは思う。