
昨晩から降り出した雨は、通勤時間には土砂降りとなり、久しぶりに長傘の出番となった。
秋の長雨、降水量も多くなる。台風もやってくるので、注意が必要だ。
最近は、雨の降り方が半端ではなくなってきて、しばしば”災害級”となる。
だからこそ、治水対策はしっかり進めてほしいと切に願う。
これほど、毎年災害が起こっているのに、いまだに対応が後手後手になるのは、かつて1000年に一度の防災対策が不要だと大臣に進言した官僚がいたせいで、仕方ないことなのかもしれない。
そんな豪雨を見ていると、「雨が降る」というより「水が降ってくる」という感覚に近い。
まるで雲の向こうで神様が巨大な水滴をばら撒いているようで、その雫は年々大きくなっている。
神様の気まぐれかもしれないが、少し手加減してもらいたいものだ。
だが、その有り余るほどの水を、この国ではほとんど海に流してしまっている。
パレスチナの埃っぽい映像を見るたびに、「水」がどれほど大切なものなのか、改めて思い知らされる。
先日はルーマニアで砂漠が広がっているという記事を読んだ。
水の足りない場所は、世界中にある。
日本がいつまでも「水に恵まれた国」でいられる保証はないようだ。
今はたまたま、日本列島に雨がよく降っているだけで、将来はそうでなくなる可能性もあるという。
四方を海に囲まれ、これまで水に苦しめられてきた歴史があるからといって、安閑としていてはならない。
水の価値はますます高まり、今や水源地が外国人に買われてしまうという事態も起きている。
グローバル化は、日本人が当然だと思ってきた日常にも、静かに入り込んでいる。
当たり前の風景や習慣が脅かされている今、些細なことにも注意を払い、守るべきものを守っていかねばならない。
私たちひとりひとり、意識を高く持とう。