こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

どこまで任せるか

にわか雨は鎌倉だけだった

今週いっぱい夏休みの予定だったが、弟の調子が悪く遠出の予定のはキャンセルした。

おかげさまで容態は安定したが、いまさらどこかに行くわけにもいかないので、鎌倉に留まることにした。

 

外科から迅速診断の予約が(夏休みを決めたあと)入っていて気になっていたので、今日は仕事に出ることにした。

夏休みというのは、職員の健康管理のためにあるものである意味”取らなくてはならない”ものであって、こういうのはあまり良くない様な気がしたが、以前より顔見知りの外科医が私の不在を告げたら不安そうな顔をしていたので、難しい診断でもあり出勤することにしたのだ。

 

私の留守中は後輩の同僚に任せようと思っていた。

後輩といっても専門医資格をとってから、もう何年にもなるし、専門病院である今の病院に来てからも1年半になる。

だが、希少疾患ばかりで、よくある病気の迅速診断とは訳が違う。

年に、4、5例しかない症例の診断が身につく様になるまでは少々時間がかかる。

症例ごとに所見が異なるのは当然で、その幅を織り込んで診断せねばならない。

 

こういうのはどの時点で任せていいかよくわからない。

もちろん数年後にやってくる私の定年後のことは知らないが、予定どおりいけば、後を託す後輩にどこまで任せて良いのやら。

最後の1年ぐらいは全部やってもらって、私はそのサポートだけしたらいいと思っているが、それまではどんな塩梅がいいのか、なかなかつかめないでいる。

”どこまで任せるか”というのは、相手をどこまで信じるかという思いと、自分の責任感の間で揺れ動くものなのだろう。