こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

次の”ガラガラポン”が戦争ではないように

学会で宮崎、台風一過の晴天

先日行われた中国の対日戦勝記念日の式典。

ロシアのプーチン大統領と、北朝鮮の金総書記が招待され、中国の主席の両脇に立った。

私にとって一番の疑問は、戦勝に最も貢献した米国大統領が招かれていないということだ。

戦勝国同士でも仲が悪くなったということなのだろうが、あちらはあちらでご苦労なことだ。

 

第二次世界大戦後の戦勝国と敗戦国という枠組みは、次の”ガラガラポン”が起こらない限り変わることはない。

次の”ガラガラポン”が起こるとしたら第三次世界大戦ということになるだろう。

先の大戦で広島・長崎に核兵器が使われた過去がある以上、次は制限も歯止めもなくなりかねない。

戦争において人の命が失われるということでは同義であるから、“効率よくコトを行う”ことに主眼がおかれ、大変なことになってゆくに違いない。

 

もちろん、そんなことはあってはならず、“ガラガラポン“は血を流すことなく行われなくてはならない。

そのためにはどんなシステムが機能してくれるだろうか。

国連はしょせん戦勝国の枠組みで作られているものだから、あまり期待できない。

かといって、そう考えるのは敗戦国の僻みかもしれない。

より公平性の保たれたシステムが平和な世界を作り出してくれることを願うばかりだ。