こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

人の命は生き切ってこそ価値がある

風はやわらかで

季節というのが移ろい行くものだと、朝晩の少し涼しくなった風を受けて実感する。

季節とともに時間は過ぎ、それにつれて私たちの命も少しずつ減ってゆく。

 

病理医の仕事というのは組織が切除された瞬間の状態をみていて、それが病的かどうか、良性か悪性か、そういったことを観察して、その人の命の状態を覗き見ることだ。

剖検であれば、亡くなったときの状態をみていて、その人の生きてきた全てをみて、その生を総括する。

 

臨床現場のことはもはやあまりわからないが、それでも患者に対して行うことは基本的には40年前からあまり変わっていない。

もちろん新しい技術が患者の延命に多少は寄与するが何よりも大切なのはその人の生命力そのものだ。

そして、その力は全うされてこそ意味がある。

そして、なおさら思うのは、戦争、飢餓、殺人、不慮の事故などで命を失うということは、あってはならない馬鹿げたことだということだ。

人類のこれまでの歴史で、いかに多くの命が無駄に失われてきたことか、そして、今も、また未来も。

命の大切さをしみじみと感じるし、命さえあれば人間にはいろいろな力がある。

命ある限り、人には生き切る力がある。

その尊さを忘れてはならない。