
DNAは二重螺旋構造をとっていて、これは1本鎖のRNAよりはるかに強固だ。
RNAはすぐに分解されてしまうのに、DNAは酵素がなければほとんど切断されない。
もちろん、熱とか紫外線とかのストレスには弱いが通常の環境であれば相当の期間その情報は保存される。
この構造を相補的配列といい、いろいろな疾患の診断、特に悪性腫瘍の診断でその配列を解析することでその特徴を知ることができる。
それはさておき、この配列同士が相補的に結合する、というのは人間のカップルにも当てはまる。
ピッタリハマる相手と巡り会えたらそのカップルの絆はずいぶんと強固なものであるに違いない。
強固な絆で結ばれたカップルは、世間の荒波をかい潜っていくことができるだろうことは想像に難くない、一人で生きるよりは二人の方がよほど楽だ。
妻はよく、夫婦というのは社会の最小単位、という。
そう、人間という生き物は社会的な存在であって、全ての人がなんらかの社会構造に組み込まれている。
生まれた瞬間に、家族という社会に放り込まれるのだから、それは否定しようがない。
夫婦の話に戻ると、人間というものいい伴侶を捕まえることは大変だが重要だということだ。
ただ、難しいのは一旦一緒になったはいいが、どちらかにキズが入ると壊れてしまうことがしばしばある。
DNAにはそのキズを修復してくれるタンパクがあり、人間にもそのような存在はおそらく周囲にいるはずで、その人が機能してくれたら、夫婦の危機は乗り越えられる。
でも、それがうまくいかず、最悪相手にも同じようなキズが入ってしまったりしたら、その関係は破綻してしまう。
日本の離婚率は38%と、4割に近づいている。
こうなるともう、半分近くに見え、当たり前だ。
私の周りにも離婚経験者はたくさんいて、石を投げれば当たるほどで、これはもう結婚を継続しているからどうとか、離婚したからどうだというような見方は改める必要がある。
そうしてみると、DNAが相補的な配列を無事に組むことで安定的であることは、ある意味奇跡的な仕組みであって、これが人間のカップルも安定的に継続するということに当てはめたら、これもまたやっぱり奇跡的な仕組みだと、顕微鏡の奥に見える細胞1個1個を眺めながら、しみじみと思う。