こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

私の脳は“快適(あるいはその逆)”をどうやって決めているのか

昨夜はお月様もきれいだった

 

昨日の夕方あたりから湿度が低く、過ごしやすく、夜もよく眠れる。

人間の体というのはよくできていて、ちょっと快適になるとすぐに心も穏やかになり、機嫌も良くなる。

快不快というのはどういう仕組みでできているのか、おそらくはすごく複雑なものなのだろう。

AIにだってわからないだろう、なぜなら、空気感というのはコンピュータの中にいたらわからないものだからだ。

快不快はもちろん、人間関係とか、社会環境によってもコントロールされる。

 

もちろん、快適でいるにはどうしたらいいか、というのはわかっている、適切な温度、湿度、明るさの中で過ごせば、それは快適だ。

だから、その状況を作ることを人類はずっと行ってきたとも言えるだろう。

私の言っているのはその仕組みであって、その状況ではない。

 

人間が得る情報は、視覚、聴覚、嗅覚の他にも皮膚からの痛覚、触覚、平衡感覚、内臓感覚などあげていったらキリがないほどある。

これらほとんど全てが大脳に集まり、ついでそのほかの情報、すなわち社会状況だとか人間関係だとかのことと統合されて、今、自分がどういう状況にあるのかが決定される。

 

それも瞬時に。

 

こんなにいろんなことできなくてもいいのに、と思うが、それらのおかげで人間は人間たらしめられている。

それにしても、人間というのは、わざわざ“不快”を感じる仕組みまで持ち合わせているが、もちろんそれは、生き延びるために必要だったのかもしれない。
けれど、今日のような気持ちの良い日には、“不快”の存在を忘れていたくなる。