
昨日の夕方あたりから湿度が低く、過ごしやすく、夜もよく眠れる。
人間の体というのはよくできていて、ちょっと快適になるとすぐに心も穏やかになり、機嫌も良くなる。
快不快というのはどういう仕組みでできているのか、おそらくはすごく複雑なものなのだろう。
AIにだってわからないだろう、なぜなら、空気感というのはコンピュータの中にいたらわからないものだからだ。
快不快はもちろん、人間関係とか、社会環境によってもコントロールされる。
もちろん、快適でいるにはどうしたらいいか、というのはわかっている、適切な温度、湿度、明るさの中で過ごせば、それは快適だ。
だから、その状況を作ることを人類はずっと行ってきたとも言えるだろう。
私の言っているのはその仕組みであって、その状況ではない。
人間が得る情報は、視覚、聴覚、嗅覚の他にも皮膚からの痛覚、触覚、平衡感覚、内臓感覚などあげていったらキリがないほどある。
これらほとんど全てが大脳に集まり、ついでそのほかの情報、すなわち社会状況だとか人間関係だとかのことと統合されて、今、自分がどういう状況にあるのかが決定される。
それも瞬時に。
こんなにいろんなことできなくてもいいのに、と思うが、それらのおかげで人間は人間たらしめられている。
それにしても、人間というのは、わざわざ“不快”を感じる仕組みまで持ち合わせているが、もちろんそれは、生き延びるために必要だったのかもしれない。
けれど、今日のような気持ちの良い日には、“不快”の存在を忘れていたくなる。