
昨日の朝、ロシアのカムチャツカ半島で起きた巨大地震の影響で、
湘南地区を走る東海道線と横須賀線が運休となり、鎌倉在住の私も帰宅の見通しが立たなくなった。

正確に言えば、神奈川の内陸まで妻に迎えに来てもらい、
陸路で帰ることもできたかもしれない。
でも、道路は大渋滞。
迎えを頼むのも気が引けたし、状況次第では、翌朝になっても電車が動かないかもしれない。
それならばと、都内に住む母のところに泊めてもらうことにした。
思い返せば、14年前の3.11のときには、
その頃勤めていた都内の職場から、1時間近く歩いた。
人の流れが洪水のようだったのを今でもよく覚えている。
だが今回は、沿岸部の鉄道が止まっただけだったせいか、都内、少なくとも私が通過した都心では「津波?何かあったの?」という雰囲気。
ニュースを見なければ、津波が起きていたことすら気づかないかもしれないが、そんな温度差に、少し違和感を覚えた。
久しぶりの訪問に、母は喜んでくれた。
(とはいえ、たまには会ったり電話もしている)
夕食を用意してくれていて、世間話をあれこれしてから、布団に入った。
ちなみに、家は私が独立してから建て直していて、私の部屋はもうない。
まあ、残っていたとしても、昔のままでは気恥ずかしかったろう。
客間兼仏間で、父の写真をみながら眠ったのだった。
母が元気でいてくれて、本当にありがたいと思った。
母は戦争の記憶もあるし、3.11も体験している。
その後に日本で起きた様々な出来事も、ちゃんと覚えている。
“歴史の証人”と言える。
しっかりしているうちに、もっといろんな話を聞いておかなければ、と思う。