こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

絶望の隣ははたして希望だけか

今日も危険な暑さ

水が大好きな紫陽花だが、ちょっと奥の方に置いてあった鉢への水をやり忘れてだいぶ枯らしかけてしまった。

昨日の夜、そのことに気がつき、今朝下の方にちょろちょろっと残っている新芽を残して、剪定して、水をたっぷりやった。

元気を取り戻して、来年は綺麗な花を咲かせてくれるだろうか。

そんな再生の小さな出来事とは対照的に、地球の別の場所では、命がいとも簡単に失われている。

 

パレスチナのガザでは、イスラエル軍による攻撃や飢餓で連日多くの人が命を落としているそうだ。

2023年10月の戦闘開始以降、ガザ地区では6万人あまりが亡くなったということで、これはもう虐殺なのではないだろうか(2025年7月現在)。

ハマスがなぜ、戦いを仕掛け、そしてなぜ人質を解放しないのか、そしてなぜ無抵抗の人々をイスラエル軍は攻撃し続けるのか、遠く離れた日本の一市民に状況はわからないが、何も罪のない人の命が失われ続けている。

ウクライナでも無益な戦闘が繰り返されているが、これはもう、日常的な話となりつつある。

アメリカのトランプ大統領は、どちらの紛争も収めることができていないが、この辺りが政治経験の乏しい大統領の限界なのかもしれない。

 

NHKの連続テレビドラマのモデルとなっている、アンパンマンの作者、やなせたかしの名言「絶望の隣は希望です!」という言葉があるが、この地上には希望を持ちたくても持てない人が数多くいる。

希望を持って生きることのできる人がほとんどなのに、「絶望の隣は死」という、決して許されない状況で生きている人がいるということは人間の存在にとって大きな矛盾なのではないだろうか。

私はその矛盾をどうすることもできない存在なのだと思うと、それに向き合う言葉を私は見つけられないでいる。