
最近、このブログを含め、原稿やメールの文章チェックをAIにやってもらうことが多い。
日本語には英語のようなスペルチェックがないので、以前は困っていたが、その必要がなくなったというのは、日本語を使う人間にとってこの上ない朗報だ。
ところで、そのAI。
「AIは人間からの質問に対して、無理にでも答えようとするから、インチキを言うことがある」と言われることがある。
たしかに原稿の草稿を壁打ちしていると、AIの言っていることが眉唾ものに聞こえるときがあり、そんなときは、別のAIを使って確かめてみる。
今や人間の能力をはるかに超えているので、私が心配するぐらいのことなど、どのAIも平気でクリアしていて、みんな似たような回答に落ち着く。
だから誤回答はなさそうなのだが、それでもやはり、心配になる。
また、先日、私が医学的な質問をしたところ、AIは「慎重になって」と答えを避けた。こういう場面では、無理はしないらしい。
そこで、思った。
人間も年を重ね、人生経験が増えると、「なんでも知っていなければならない」という雰囲気に追い込まれ(大抵は自意識過剰というかそいったものだが)、つい無理に答えを作ってしまうことがある。
落語に出てくるご隠居さんのようなものだ。知ったかぶりといえばそうかもしれないが、これはAIがときとして間違った答えを出すのと、同じなのだろうか?
人間は感情があるから、体面を気にしたり、見栄を張ったりする。だからつい嘘を答えてしまう。
でも、AIには見栄がない。ならば、無理に答える必要もないのでは?
そうだとすると、AIは人間とは別の次元でインチキ回答をしていることになるのではないか。
そんな疑問を、当のAIにぶつけてみたら、こんな答えが返ってきた。
『人間が知らないのに何か答えるとき、それはしばしば“見栄”や“責任感”、あるいは“気まずさの回避”といった感情や社会的プレッシャーによるものです。一方、AIが答えを出すのは、感情とはまったく無関係。どちらかといえば“沈黙を避けるように設計されているから”です。つまり、AIが無理にでも答えるとしたら、それは“見栄”ではなく、“プログラムされた確率の推論”によるものだと言えます。』
うーん、「沈黙を避ける」とは、なんなのか?
場繋ぎというか、質問者への忖度というか、そんなものだろうか、もしかするとAIには確固たる方針というものは、実はないのかもしれない。
そう考えると、AIもけっこう人間的で、いいところがある。
そのわけは、AIの知識や思考パターンが、長年人間が積み上げてきたものの集積であるからかもしれない。
そうそう警戒せず、うまく付き合えばいい。
この“見栄を張らない知ったかぶり”も、案外悪くないものかもしれない。