
今年も、鎌倉駅に燕が帰ってきた。
過去の写真をたぐると、駅舎が現在の姿にリニューアルされたのは2017年で、もう8年も前のことになる。
駅の大屋根の裏に取り付けられた火災探知機の上に燕が営巣するようになったのがいつからか、はっきりとは覚えていない。
過去のブログを辿ればそんな記事も出てくるかもしれないが、はてなブログに移ってからそういうのを探すのも上手くできない。
それはさておき、以来、この時期になると鎌倉駅が自動改札をひとつ潰すのも、風物詩のひとつになった。

鳥獣保護管理法によって、燕の巣を勝手に撤去することはできない。
鎌倉駅もそのあたりは理解していて、営巣の邪魔をするようなことはしない。
火災探知機なので、周囲に障害物を置くこともできず、燕が安心して巣を作れる空間になっている。
縁起がいいとも言われるし、多少の不便も大目に見ているのだろう。

それにしても、駅の構内は夜でも明るい。
おそらく、鳥目といわれる燕たちにも、人工の明るさがあれば夜間でも安心して活動できるのだろう。
ふと、そんなことを考えながら眠りについた夜、
明け方に目が覚めて、寝室の中をぼんやりと見回した。
テレビ、エアコン、Wi-Fi、スマートスピーカー……。
さまざまな家電のランプが、ぼんやりと点いていた。
それが意外と明るい。
「待機電力をカットしましょう」とよく言われるけれど、
こうして見ると、今の暮らしはランプだらけだ。
一つや二つスイッチを切ったところで、焼け石に水のような気もしてしまう。

かつては、夜間の電力供給といえば原子力発電が担っていた。
CO₂を出さないという点では、まだ良かったのかもしれない。
しかし今は、その大半が火力発電となり、夜の便利さはそのままCO₂の排出につながっている。
いったん便利になってしまった暮らしを手放すのは、簡単ではない。
それどころか、日々の生活はますます便利になり、
スイッチを切るどころか、新しい“便利さ”を次々に招き入れてしまっている。
燕も人も、文明の恩恵を受けている。
でも、それがこの先どう響いていくのか、
ときどきは立ち止まって考えてみてもいいのかもしれない。