こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

人はだれでも間違える。そして、間違えたくて間違えるわけではない。


なぜ、こんなことが起きたのだろう、事故が起きた瞬間当事者はそう思うが、次の瞬間には思い当たることがすぐに浮かぶ。
事故とはそんなものだ。
そして、事故が起こらないようにするのが安全対策だ。

病院における医療安全は今や一部の医療安全担当者だけが管理するものではなく医療従事者一人一人が主体的にかかわらなくてはならないものとなっている。
そして医療安全のモデルとなっているものの一つが航空機の安全管理対策だ。
飛行機が墜ちたら高い確率で人が亡くなるので、事故はあってはならないことで、考えうる最高レベルの安全対策が取られている。
それにもかかわらず、その航空機事故がよりによって、能登半島地震の救援に向かう航空機の事故として起きてしまった。

羽田空港での大惨事はあってはならないことで、なぜ間違いが起こったのか、そしてなぜ人が亡くなったのか、救われた人はどうして救われたのか、その原因は徹底的に明らかにされなくてはいけない。
この事故の報道も犯人捜しよりも、原因探しを行わなくてはならず、業務上過失致死とかで証拠を囲い込んでしまいかねない警察よりも国の運輸安全委員会が調査を行って事故原因を詳らかにしたうえで、安全管理にかかわるすべての人がこの教訓を共有できるようにしてもらいたい。

考えられないことが起こるのが、世の中だ。

間違いを起こそうとする人はいない。
それが医療現場であれば、患者を死なせようと思って治療にあたっている医療従事者などいないが間違いは起こる。
どんな間違いでも、それを正当化することはできなから、結局のところ間違いが起こらないように二重三重のセーフティネットを張る。
それでも、その網をすり抜けることが起きてしまうのは残念だが、その網の目をつぶしていくしかない。
それにしてもなぜだろう

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