こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

参議院選挙の争点は目先の物価高より将来の高齢化対策を


 気持ち悪くなるほどの暑さ。体が慣れていないせいもあるのだろう。通勤通学の人々の顔を見ても皆しんどそうに見える。電車を降りる時に、半袖から出た腕が他人のそれにベタッと触れてお互い様とは分かっていても気分も悪くなる。今朝、テレビでは犬や猫といったペットの熱中症にも注意が必要といっていた。生きとし生けるもの、地球を勝手に蹂躙する人類を懲らしめるためにこのままみんな焼き尽くされてしまうのではないだろうかと不安になるが、巻き添えとなる動物たちは気の毒だ。

 マルチーズのコロ(15歳)がこのところ急速に老けこんでいる。もうここしばらく家ではほとんど寝ているとかで、妻もとても心配している。帰宅すると玄関まで迎えにきてくれていたが、それも最近ではほとんどなく、居間にあるコロの寝床まで行くと物憂げに顔を上げるだけ。これからどんどん暑くなっていくことが余計心配になる。先週末に散歩した時は、日陰の紫陽花の綺麗な道までずっと抱っこして、着いたところでおろして歩かせた。200メートルぐらい歩いたところでだいぶ疲れてきたみたいなので家まで抱っこして帰った。門扉のところで下ろしたら玄関まで歩いてくれた。視力は落ちているようなのだが、不思議なもので見えるものは見えているらしく、人間とは全く別の感覚なのだろう。犬の寿命は最近伸びているみたいだが、さてコロはいつまで元気でいてくれるだろう。

 先日の町内会の集まりで、互いに簡単な家族紹介を行ったが、その時は80歳過ぎの人が多くて驚いた。80歳というと相当な年齢のはずなのに、一体どうしてと思うほど皆さん矍鑠としていた。人間にしても犬にしても、寿命が伸びているのは、栄養、住環境を含む衛生環境の改善によるところが大きいのだろう。何事も変化は何らかの次の変化を引き起こす。それらはいいこともあれば、あまり良くないこともある。
 少子高齢化社会のもっとも重大な問題は、働くことのできなくなった高齢者を若年者が支えなくてはいけないことだと思う。高齢者も老骨に鞭打って何とか働こうとしても限界がある。それに、高齢者が社会の重要なポジションを占め続けるということにも問題はあるだろう。歳を取っても有能な人はいくらでもいるが、そうでない老害を撒き散らす人も多く、そんなことで若い才能の目を摘んでしまうような事があってはならない。

 2025年問題という人類にとって前例のない危機をどうやって迎え、どう乗り切っていくかを考えなくてはならないが、参議院選挙は物価高とか円安の話。目先のことではなく、長期的な視点に立った議論がなぜなされないのかということが最大の問題であるように思う。この話題を出すと高齢者の票が取れないからだろうか。そして、それは高齢者自身が身を切ることを拒絶し、負債を後世に残すことをよしとしているからなのだろうと思ってしまう。私もやがて高齢者となるはずだが、どう備えていくか、よく考えて生きていきたい。
SDG’Sを考える

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