こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

自分の意志を貫かなかった私と親父


 今日は父の命日。

 勤務医として多くの人を病院で見送ってきた父だったが、自分自身は自宅で眠るように旅立った。
あれから2年。
妻と一緒に墓に行き、父が好きだったナデシコを墓石の周りに植えたが喜んでくれているだろうか。

 そんな父は私がやりたかったことのいくつかを却下し、私はいまだにそのことについてわだかまりを持っている。

 昨日、ふと思った。

 その時々、私はなぜやりたかったことをやりぬこうとしなかったのだろう、と。

 父に与えられた環境の中でそれほどいいことはなく、むしろその都度失敗しながら生きてきだような気がする。
医師として専門を選ぶ時になって、私は初めて自分の進みたい道を自分で選んだ。
私が臨床医にならなかったのは、単なる父への反抗だったかもしれない。
病理医という職業を選んだことを後悔してないが、では、どうしてその前の人生の局面局面で私は自分の意思を貫かなかったのだろう。
 親子のことは、他の誰にもわからない。
人間一人に父も母も一人ずつ。
だれもが親に対していろいろな思いがある。
そして、親からも。
父はどんな思いで私の人生に介入したのだろう。
そもそもそれは介入というようなものだったのか、それとも介入として自分の意思を貫かなかった私がただ単に父に自分の人生を委ねていただけで、自分自身の人生に無責任だったのか。
この先、答えがみつかることはあるのだろうか。
親子とは

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