こんな気持ちでいられたら

昭和育ちの病理医。今日も顕微鏡を覗き込みながら、細胞1個1個と会話しています。

文化の日に思う、自分の来し方行く末


 さすがは晴れの特異日文化の日、今年も晴天に恵まれ、鎌倉は文化の日というよりは七五三日和。鶴岡八幡宮にお参りする家族が多くいた。軽井沢もずいぶんな人出だと思ったが、鎌倉の方がよほどすごい。一緒にぶらぶら歩いた妻が、

「(緊急事態宣言が出ていた頃は)自分の庭みたいでよかったのに(昔の鎌倉に戻ってしまって残念)」

と漏らしたのを聞いて、たしかにそうだと思った。よほどのことがない限り、緊急事態宣言が出されることはないだろうから、喉元過ぎれば熱さを忘れるで、あの1年半はすっかり忘れてしまうに違いない。

 イギリスに留学している娘の彼氏というのは、同じ大学のドクターコースに在籍していて、今回めでたく論文が出たというので、PDFが送られてきた。そうしたらインパクトファクターが15だかの雑誌に20ページもの論文だった。共著論文を入れたって、インパクトファクターの合計が20にもならないような人間から見るとすごいの一言だ。

 私は大学に残ることを選ばなかった人間なので、アカデミックなこととはあまり縁がない。論文の査読だの医学雑誌から原稿を依頼されることはあるが、”社会に役立つ研究を行い、それを論文化して発表する”というような世界とは、ちょっと距離がある。大学なり、研究所にいないとなかなかそういう生活を送ることはできない。

 文化の日に、自分のこれまでの生き方を思い、今立っているところを見つめ、この先を考えると、前に進むということは難しそうだ。ただ、そうはいっても、それはいつまでたっても同じことであり、どの局面でも大変なのは変わりはしない。
明日から仕事

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