人が病気になって少しずつ死に向かい、やがて亡くなるというのは目の当たりにすることで、そのことを受け入れることはできる。でも、事故や殺人、戦争でそれまで元気だった人が次の瞬間亡くなってしまうというのは想像しがたい。映画に出てくるそのようなシーンはあくまでも作り物だからそれは風景に過ぎない。
でも、先日大津市で起こった悲しい自動車事故の報道は違った気持ちで受け入れるしかない。信号待ちをしていた保育園児たちのところに車が突っ込んで、2歳の保育園児二人が亡くなった。わずか2年と少しの人生。どれほどの楽しい未来が待っていたのかと思うと胸が張り裂けそうになる。

このようなことがあると人間はとても弱い存在であることを自覚させられる。
海外で起こる、銃乱射、自爆テロ、虐殺、そういったことは幸いこの国にはほとんどない。それでも、まだ防ぐことのできる危険がたくさんある。
その代表が自動車事故。
私は前々から道路に段差をつけたりすることで、ドライバーにとって運転しずらい場所にするべきだと思っているのだけど、それが遅々として進まない(そこのけそこのけ車が通る・・・ならば道路に段差を設けて! 2012年04月25日 )。運転しづらくすれば注意もするようになるからいいと思うのだけどどうしてそうならないのか。

人は簡単に亡くなってしまう。そして、人に対して自動車は凶器となってしまう。事故を起こした人はそうしたくてしたわけではないが、自身が凶器となりうるものに乗っていたという意識が足りなかったのかもしれない。でも、私自身自動車を運転する人間としていつ事故を起こしてしまうか不安になる。妻に駅までの送り迎えをお願いするけど、そのために事故を起こさせては申し訳ない。変に急がせたりしないようにしないといけない。
鎌倉は観光地だから多くの人が交差点で”無防備に”立って信号待ちをしている。あそこもここも危ないと思うけど、早急になんとかしないといけないと、まずは自分の足元から思う。
まず自分が気をつける
